通りすがりのパンダの理念(ディフェンシブ) PDF
2010年7月07日(水曜日) 18:21

年齢と人間性

どうしてもパンダが許せない事。ディフェンシブな理念編だけど。

それは、前を向いて頑張っている人間を妨げる事。

人の頑張りを無碍にする事

まぁいろいろなことをやったり、サイトを管理していたり、色々なところに顔を出したりしていると、最近は特にできるだけ近寄らないようにしているにも関わらず、どうしてもこんな輩に遭遇する。

普通に社会人やってればこんなことくらいは日常茶飯事なのかも知れんね。

まぁ、パンダは普通ではないのでそんなことには耐えきれん。

この年になってようやく年齢について経験の重要性がわかって来たから、何かを絶対視することなく、年上について純粋に敬えるようになった痛い子だけどね。

それでもちょっと聞いてくれ

ただ、それでも経験=年齢は成立するとしても、年齢=人間性は成立しないのよね。

多分パンダが若いころから違和感を感じてつくづく思っていたのは、こんなファクターの分け方があったからだと思うんだわ。

パンダがコンサル時代のしょっぱな、花形で業界でも有名な先輩コンサルが新人研修に威圧を掛けに来た時、ありがたい話を伺って、感謝の意を込めてってことで、みんなでフィードバックを送ることになった。

普通に同僚がその話を聞いて

”良かった”とか

”厳しさを知れて良かった”と言ってた中で、

一人だけパンダは、

”立場が上で経験を豊富に積んでいる人だからこそ、ああいう話や行動を取ることにがっかりした。それはあなただからなのか、それとも業界としてそういう振る舞いが必要なのか、それとも何か別に意図があるのか?”

と送って、なぜか、”お前死ね”的なメールを頂戴して目をいきなり付けられましたとさ。

”年齢が上”=”できる事も多いし尊敬できる” 的な道教レベルの等式がいい子のパンダには根付いていたことで、これは非常に大きな驚きと共に失望だった。

そして、能力絶対主義になったんだよね、今まで。
ま、それはここまで世間知らずでバランスが取れてなかったからなんだけれども。

ともかく、久しぶりに憤りを感じる人間に触れてしまった。

”俺は凄い” とか ”俺は知ってる” とか ”俺を敬え”

は良いんだけどさ、自分の影響が及ぶ範囲だけにしてくれないものかねぇ。
50過ぎた人間がいい年こいていくら家柄良くてもそろそろ目に余るぜよ。

特に周りの人間が頑張っているところで、”俺凄い”ことを証明するために、頭ごなしに否定したり、人の足を引っ張るのはやめてくれないかねぇ。

男って30過ぎて人間性がようやく完成されてくるけど、年相応の人間性が無いのは人生における悲劇だと思うわ。

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